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ラプラスにできる最高の速さでしばらく水面を駆け、灯燕はようやくムロシティにたどり着いた。 そして近づかなくても判る崩壊した石の洞窟を見て、灯燕はなんとなく呟いた。 「…おいおい、生きててくれよ」 7.そりゃないぜ、セニョリータ! ラプラスをボールに戻し、念のため代わりにライチュウを出して瓦礫の中を歩いていたら、少し離れた岩の向こうから妙に元気な言い争いが聞こえる。一方的に怒っているらしい少女の怒鳴り声でかき消されてはいるが確かに聞き覚えのある声に、灯燕はあわててライチュウを急かして岩場を駆け上がった。 「案内するったい!」 「おわうわっ」 「うわちょっと待てっ」 あわてた少女の声と引きずられているらしい少年のうろたえた叫びを聞いて、ようやく岩場を抜けた灯燕が短く叫ぶ。が、時すでに遅し。意気揚揚とホエルオーを呼び出した少女は、人間とは思えない身の軽さでその背に飛び乗り、大海原のどこかへと泳ぎ去ってしまった。 あとちょっとだったのに……。 タッチの差でまた従弟を逃がしてしまった灯燕ががっくりと肩を落として落ち込んでいると、その背後で砂や石くれでざらついた足音が響いた。驚いて振り向いた視線の先に、青い髪をダイナミックにセットした青年が立っている。年は見たところ灯燕より少し上、歩き方からしてどうやらこの場所をよく知っている人間らしい。 「どうしたんだ? そんなところで変な格好して」 「…いや何でも………あんたは?」 「オレはトウキ。このムロでジムリーダーをやってる」 「ああ、ジムリーダーか。なるほど。俺は灯燕。一応、ポケモントレーナー」 「ははっ、一応って何だ、一応って」 「いろいろあるんだよ」 苦笑しながらライチュウをボールに戻す。 陸地とは違う方向へ泳いで行ったホエルオー。方角からして、あのまままっすぐ進んでいけばあの幽霊船にたどり着くだろう。 飛行系で追いかけるかあ、と遠い目をした灯燕は、静かにたたずむトウキに向かってゆっくりと言った。 「トウキさん、…だっけ? ジムリーダーなんだよな? ちょっと頼みがあるんだけど」 「ん? オレにできることならなんでもいいぜ? 言ってみなよ」 「俺のこと、協会には言わないで欲しいんだ」 まっすぐに目をそらさずに、灯燕はそれだけ言う。一瞬意味が掴めずにきょとんと見返したトウキだったが、すぐに彼が何を指して言ったのかを理解して首を傾げた。 協会───省略はされていたが、それはおそらくジムリーダーすべてが所属するポケモン協会のことを言っているのだろう。ジムリーダー、そして四天王とチャンピオンもその協会員の一員であり、存在するポケモントレーナーすべてに影響を与えるだけの力を持ったとてつもなく大きな団体。 トレーナーたちが地方を移動するときは、当然この協会に連絡を入れなければならない。協会にも地方ごとの支部があり、移動に合わせてトレーナーの便宜を図るよう通達を入れなければならないからだ。 灯燕が言わないで欲しい、と言った以上、彼はその手順を踏まずにこのホウエンの地を踏んだらしい。だがそれでも灯燕が協会から自分のことを隠す理由がわからずに、トウキはひねるように首を傾げた。 「協会に移動申請をしてないのか? いろいろ不便だろ、それじゃ」 「…そうでもない。意外と何とかなるもんだしさ」 「ふーん? まあ、なんでもって言ったからな。いいぜ」 「ありがとう、恩に着る」 「理由を聞いてもいいか?」 これといった意味もなく純粋な好奇心だけで発した言葉だったが、灯燕はさっきまでの余裕が嘘のように顔をこわばらせた。右手が不安げにボールホルスターを触り、わずかに怯えの混じった苦笑が浮かぶ。 「……俺、あいつら嫌いなんだよね」 その言葉の真意をトウキは知らない。 追及しようかと思わないでもなかったが、旧友との約束が迫っていたし、何より他人の事情に首を突っ込むのを彼の良心が良しとしなかった。 そのままトウキはムロを旅立った。 崩れた石の洞窟の上で痛みを堪えるようにして海を見ていた灯燕は、そんな自分に呆れて苦笑する。それからすぐにホルスターにつけていたボールを手にとり、飛び出したチルタリスに乗って彼もムロを去っていった。 「あんなの忘れらんないよなあ、みー」 (トラウマなんて生優しいものじゃない。この痛みはなんだ、この恐怖はなんだ!) |