風が吹きぬける。
 旅に出た我が子を見送った研究者は、しばらく彼女が軽やかに飛び出して言った方向を眺めて、それから少しだけ笑って研究へと舞い戻った。





3.久しぶりまでの距離




 ルビーの足取りを辿るついでにホウエン旅行でもしてみるかとコトキタウンへ向けていた進路をくるりと翻してまたのんびりとミシロに戻る。不思議そうに振り返るピジョットに笑顔で応えて、大丈夫だとひとこと言った。

「知り合いに一人、挨拶し忘れてただけ。付き合ってくれよ、みー」

 ぽんと気安く羽根を叩いたパートナーに、ピジョットは仕方ないなあとでも言いたげに一声哭いた。
 そうして一回、二回とはばたく度にこぢんまりとした研究所らしき建物が近づいてくる。ぐんぐん下がる高度に合わせて、研究所の前でたたずむ人影も見えてきた。

「オダマキ博士!」
「はじめまして、なのかな。元気そうじゃないか、君」
「ポケナビで話してばかりだったからなあ。直接会うのは始めてかも」
「はは、オーキド博士から話は聞いてるよ。これからよろしく」

 ひらりと飛び降りた勢いのままに肩を叩きあって、そっちこそ、と笑い混じりに返した。
 促されてピジョットをボールに戻し、研究所へ足を向ける。オーキド博士のそれとほとんど変わらない内装を見上げながら、はぽつぽつとホウエンの現状をオダマキに尋ね、そして前を歩く背中は的確に欲しい答えだけを返してくる。たとえば気象情報、たとえば研究の進み具合、たとえば───追いかけている従弟の行き先。

「とりあえず、一番近いコトキタウンだろうな」
「ああ、やっぱり? じゃあトウカで、カナズミ?」
「おそらくは。君、ルビー君と連絡は?」
「あいつ、ポケナビ持ってないんだ。誕生日に俺があげる予定だったから」

 部屋のソファに腰かけて、オダマキは仕方ないとでも言うように肩をすくめた。促されて腰かけたソファはそれほど座り心地が良いとも言えなかったけれど、研究所というこの場所を考えればある意味当然のことなのかもしれない。
 背もたれに体重を預けて、は一つため息をついた。

「じゃあ、しらみ潰ししかないってことか……だっる…」
「そう言えば、君はなぜホウエンに?」
「ルビーの誕生日祝い」
「質問を変えようか。なぜ私の所にオーキド博士が連絡を入れる必要があったんだ?」
「うーん、頭のいい大人の人は嫌いじゃないんだけどな」

 ちょっと食傷気味だ。そうぼやいて彼は天井を見上げた。大きく首を反らした拍子に目に入った、壁に貼られた地形図を見てはゆっくりと頭を戻す。ぼんやりとテーブルの上を見つめながら、問いかけの視線を送るオダマキを見ないようにして。

「オダマキ博士がユキナリからどこまで聞いてるかわかんねーから、とりあえず保留にしといて」
「……まあ、誰にだって聞かれたくないことの2つや3つはあるものだしな。さて、君?」

 最後の一言でぐっと身を乗り出してきた博士を避けるようにも体を反らした。
 不安定な体制で半ばにらみ合うように視線を絡ませて、オダマキは言う。

「頼みがある。ホウエンを助けて欲しい」












(久しぶりを言う暇さえくれないのか、あなたは)