「・・・賢木さんは、わたしがそういう人間だと思ってたんですね。わたしはあなたの中で、特務エスパーにすらしてもらえないんですね・・・」
諦めと悲しみがごちゃ混ぜになった声で静かに言って、は賢木の診察室から出ていった。ぱたぱたと時折途切れながら遠ざかる足音を聞きながら賢木がため息をつくと、呆れ顔の紫穂が要の走り去っていった方向を見ながらドアを開けて入ってくる。
「・・・今のは、全面的にセンセイが悪いと思うわ」
「聞いてたのかよ、紫穂ちゃん?」
「”聞こえちゃった”の。防音設備でもつけたらどう?」
歳にそぐわない大人びた口調でそう言って、少女は手近な椅子に腰かけた。まっすぐに向かってきた視線を受け止めた賢木がため息で返すと、紫穂はなんでもないことのように続ける。
「あんなに女の人が好きなセンセイでも、さんだけはうまく行かないのね」
「・・・そりゃ、俺はあいつの保護者だからな」
低く返された言葉を聞いて紫穂が笑う。ひどく悪意のある笑い方だった。目上に対する態度とは思えないが、元から態度の悪いザ・チルドレンは、ことが絡むとその最低限の礼儀すらかき捨てるような節がある。冷えきった瞳に見つめられながら、賢木はそんなことを思い出していた。
とても10歳の少女がする表情ではなかった。
「まるで言い訳。センセイってば、要さんの話になるとそればっかり」
「紫穂ちゃん?」
「本当に、さんはセンセイの保護下から解放された方がいいのかもしれないわね────」
「っ、」
侮蔑と悲しみが混ざったような言葉を聞いて、賢木がとっさに立ち上がる。言葉に込められた感情よりも、その意味に過剰反応して。
「俺が、それを許すとでも?」
「さんがなんであんなに任務にこだわるのかさえもわからないような人にそんな権利はないわ」
「なん────、いくらなんでも言っていいことと悪いことがあるぞ、クソガキ」
「・・・まさかセンセイ、本当にわからないの?」
怒りに隠した疑問と、わずかな震えを見透かされて、賢木は思わず視線をそらす。これだからサイコメトラーはたちが悪い。なまじ見なくていいものまで見通して生きてきたせいで、他人のそう言う感情の動きにうっとうしいほどに聡い。
ひどい、と紫穂が小さくつぶやいた。
涙の気配が混ざった呟きを拾って思わず少女を見直すと、紫穂は愕然とした顔で賢木を見ていた。
「さんは、センセイに認めてもらいたい一心でがんばってるのに、全然わかってもらえてないなんて────」
「み・・・? 紫穂ちゃん、どういうことだ?」
「ひどい、センセイ。あんまりよ・・・っ」
それだけ言って、紫穂は泣き出してしまった。嗚咽混じりにまたひどいと一言言って、どうしたらいいのかわからない賢木を導くようにドアの方を指さした。
要が飛び出して行った扉。
「追いかけて。追いかけて追い詰めて問い詰めて。早くさんを捕まえてあげて」
兵部少佐に奪い取られても知らないんだから────と吐き捨てられた言葉を聞いて、賢木は頭でそれを処理するより早く診察室を飛び出していた。
08/08/01
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