Three;




 ニューイヤーなんてものはまっとうな生活をしている人間と人遣いの荒い金持ち連中にしか関係のないことだとK.Kは常々言っていた。日を問わず舞い込んでくる依頼を食いつなぐためだけにこなすしがない殺し屋は、年が変わるその瞬間を血と硝煙の臭いの中で迎えることも珍しくない。
 そのしがない殺し屋の一人であるK.Kも、ごく機械的に二人の男女を撃ち殺した瞬間につけっぱなしにされていたテレビが叫んだ言葉でニューイヤーを知った。特になんの感情も覚えずに黙々と仕事道具を片づけ始めた矢先、ぎゃんぎゃんとうるさかったテレビが不意に音を消した。ぎょっとしたK.Kが振り返ると、柔らかそうな金髪を揺らした少女がテレビのリモコンを握ってたたずんでいる。おそらく14〜5歳といったところだろう。おそらく今始末した二人の子供か何かだ。だが、両親が殺されたという状況にしてはひどく感情の薄い瞳をしていた。

「……おい、そこのガキ」
「あなたがユフィたちをこうしたのでしょう?」
「そうだ。おまえはここの娘か?」
「しっているわ、これは"死"というのよね」

 外見とは裏腹に舌足らずな口調でK.Kをさらりと無視して少女が無感動に呟く。もうすっかり片づけ終えてトランクにしまいこんだ仕事道具を片手に持って、K.Kは不思議そうに少女を見つめた。

「ガキ、おまえはなんだ?」
「わたしは、ユフィにそだてられたの。V・Bというのよ」
「V・B? そりゃまた、」

 変な名前だな、と言おうとしてK.Kは口を閉じた。自分だって言えた話ではない。
 ともかく、名前はわかった。『親』と明言しなかったということは、養子か何かなのだろう。
 すでにK.Kに興味はないとでも言いたげな態度でリモコンをいじっているV・Bに、K.Kはなぜか声をかけた。

「おまえ、これからどうするんだ」
「どうもしない。わたしにはユフィしかいなかったのだもの」
「────じゃあ、一緒に来るか?」

 その言葉は驚くほど自然に滑り出ていた。「ニューイヤーなんて浮かれたモンにつられてただけだ。そうじゃなきゃ誰がおまえみてえな可愛げのねえガキなんか拾うかよ」とのちに彼は語る。
 少女はことりと首を傾げ、ゆっくりとK.Kと床に転がった死体と血のにじむ絨毯とを見渡してから一つ瞬いた。

「…あなたは、だあれ?」
「Mr.K.K。おまえの親を殺した殺し屋だ」
「けー、けい? ふしぎななまえね」
「おまえに言われたかねえよ。で? どうする?」
「いくわ」

 即答に近いほどの速さで、きっぱりとすべてを切り捨てるような声だった。K.Kが思わず絶句した隙間を縫うように、V・Bがふるりと金髪を震わせる。

「わたしに"せかい"をみせて。わたしにおしえて」

 淡々と言い放った瞳は低温。静かにK.Kを見据える二つの目が、少女とは思えない深さでK.Kを値踏みしていた。舌足らずな口調が、言いようもなく不自然で異様なものに見える。親無し子と言うのはえてしてどこかが歪んでいるものだとK.Kは思っていたが、目の前の少女はその比ではない。歪んでいるどころか、存在そのものがねじくれている。
 K.Kはゴクリと唾を飲む。ひとまわり以上も歳が違う子供に威圧されているようだった。

「わたしにみせて、わたしをこわして」

 この子供は異常だ。そう解るのに、K.Kは逃げることも、前言を撤回することもできなかった。
 うなじがじわりと汗ばむのがわかった。男は一瞬ためらって、静かに問いかける。

「おまえは、人を殺せるのか」
「それは、こわすということ? なぜ、こわすことをためらわねばいけないの」
「────、」

 きょとんと首を傾げた拍子に異様な気配が消えた。その隙を狙ってK.KはV・Bの手を引いて歩き出す。半ば引きずられるようにして部屋を連れ出されようとしていたV・Bは、ドアを抜ける瞬間振り向いて小さく笑った。

「さようなら、ユーフェミア」









(こわされてしまったということは、あなたもおろかだったのよね)