回りながら壊れてゆく歯車なら、もういっそ誰か壊してやってくれ。




 小さなポーチに財布と銃だけ入れて、私はアパートを去った。昔二人で撮った写真は全部燃やしてしまった。思い出なんていらない。名前を呼んでくれた彼の声を覚えている。暖かなその声を思い出すだけで、もう生きていけると思った。

「条件は一つ。これから言う人物の命を、最優先で守ってほしいの」
「最優先……ふうん?」
「もちろん、そう長い間とは言わないわ。そうね、私が獄卒を殺すまででいい」
「獄卒を殺す? あの組織を壊滅させようとでもしているのか」

 もちろんそのつもりよ、と私は不敵に笑んだ。あの組織がある限り、彼が安全になることはない。完全勝利がほしいわけじゃない。相打ちでもいい。幹部と首領さえ殺せれば、別に死んでもかまわない。私はそのために寝返り、一度は捨てた二つ名をまた拾ってもいいと思ったのだ。とにかく、あの男を殺す大義名分がほしかった。
 隙と弱さを見せてはいけない。この妙な被り物をした男が私に利用価値があると考えている間は、アドバンテージは私にあるのだから。

「一週間。一週間でいい、自由に動かせて。あの丸顔の首を取ってきてあげる」
「………面白そうな申し出だな」
「でしょう? 私は彼の安全がほしいだけ。きちんと言ったことを守ってもらえれば、あなたは敵対組織が一つ減る。好条件だと思わない?」

 底なしに笑んで首を傾ける。被り物の奥で男が逡巡する気配。駄目押しとばかりに私は男の名を呼んだ。

「ヴィルヘルム。あなたは話のわかる人間だと思っていたのだけど?」
「………いいだろう。ただしその後は駒として働いてもらう」
「勿論よ、”ボス”。顔見世も一週間後でいいわね?」

 男は沈黙を肯定とした。私は満足げに笑ってきびすを返す。音と気配を殺して歩く癖がよみがえってきている。かたりとドアを出たところで、壁にもたれたジャックがこちらを見ていた。マスクの向こうからもの言いたげな視線を投げかけてくる彼に私は一つ笑い、それからそこを立ち去った。

 さあ、一週間。"金の鷹"の異名、思い知らせてあげましょう?







(鷹という名が持つ意味、あなたも知らないわけではないでしょう?)