相手を大切にすること、そして自分をいとうこと、世界はそれすらもエゴイズムという。




「V・B。正気なの?」
「正気じゃなかったらこんな賭けしないわ。ごめんなさい、容子」

 せっかく治してくれたのに、と私は謝った。容子はそれを無視して不愉快そうに眉を寄せる。
 長い足を組み直して、色気たっぷり、怒りもたっぷりな瞳で私を睨みつけた。

「アナタが守りたい何かがなんなのかアタシは知らないわ? でもね」
「……わかってるわ。愚かなことは承知してる。でも、止められないの」
「V・B」

 名前を呼んだ容子にうつむいて応える。確かに愚かなことなのはわかっている。それでも、体の奥から突き上げてくる衝動と、あふれるような思い。それに逆らうのはとても悲しいことだと頭のどこかが知っていた。

「どうして、アナタがそんなに躍起になるの?」
「私が彼に生きていて欲しいと思ったから」
「だからって、こんな遠回しなやり方、」
「これが最善なのよ」
「最善の方法が最良であるとは限らないでしょう?」

 そうね、と私は目を伏せた。現時点でこの策が最良とは言いがたい。というか、彼に会えないという時点ですでに私にとってそれは最良ではないのだけど、彼を生かすというその一点においてのみ言うのなら、今やろうとしている大バクチは一番リスクの少ない策だった。
 私にとっての最良、彼にとっての最良、現段階での最善。それがなんなのか私にはわからないけれど、わからないなりの最善は尽くしておきたかった。

「その…彼? その人を守りたいのなら、アナタがそばにいればいいんじゃないの」
「そんなことしたら、私を狙う人間の攻撃まで彼に行ってしまう。私の力じゃ守りきれないわ」
「二人でどこか遠くに逃げるとか、」
「マフィアの情報網をなめてもらっては困るわ」

 小さくかぶりを振った。すべては幻想、机上の空論でしかないことは私も容子も知っている。

「命を賭してあなたを守るという誓いも、死ぬなら二人一緒にという言葉も、すべてただの傲慢な虚言だわ。命を賭してもその結果相手をせん滅できなかったらどうするの、守りたかったのに死を提示してどうするの。そんな醜いエゴイズム私は許さない」

 私はひどく決然とした目をしていたのだろう。容子が何か言おうとして、一瞬絶句して口をつぐんだ。
 エゴイズム。世界に偏在し、人間を構成するそれ。私たちは忌避しながらも、それから逃れる術を持たない。仕方のないことだ。それなら、私はせめて自分の納得がいくエゴイズムを貫くだけ。
 彼は、彼だけには、いつだって笑っていて欲しい。その明るい蒼を揺らして、私が愛したそのままの表情で。私はもうどうでもいい。彼が生きて笑っていてくれるなら、私の骸は永遠に地獄の底で苦しめられてもかまわないのだ。

「………わかったわ、アナタがそこまで言うのなら、もうアタシは何も言わない」
「ありがとう───ごめんなさい、容子」
「謝らないで。ちっとも悪いだなんて思ってもいないくせに」

 口先で悪態をつきながらも、その瞳は穏やかで、優しかった。
 そういえば、MZDの姿をしばらく見ていない。あの気まぐれな情報屋はどうしたのだろう。視線で容子に問うと、彼女は静かに首を振ってこう言った。

「……MZDにも、何も言わないつもりなの?」

 私は何も言わずに頷いた。そう、と答えた容子の声がひどく遠かった。







(ありがとう、やさしいひとたち)