おわりをつげる、はじまり




 小揺るぎもしない赤い瞳を見返して、私は低く笑った。

「つまりは、私に寝返れといっているのね?」
「有り体に言えばそうなる」

 ためらいも何もこもらない無感動な声でジャックが肯定する。後ろで容子が息を飲むのがわかった。
 情報の早いことだ。もっとも、この世界では当たり前のことなのだが。より正確な情報を早く手に入れたものが勝つ。表の世界とは違う、殺伐とした常識。そんなことを考えていたら、後ろから容子につつかれた。現実逃避するなと、そう言うことだろう。

「寝返るくらいなら死んでやる、と昔なら言ったのだけど……」

 ため息まじりに呟いたら、無表情の奥でジャックがわずかに驚いたようだった。
 赤い目で決断を促してくる彼と最後に会ったのは4年前、同盟結成時の会談で、お互いのボスを守るための警備についている時だった。自分以外のすべてを拒絶し殺戮する瞳。ああこの男と私は同類だと、そのとき大した意味もなく直感だけでそれを知った。
 今は遠く隔たっていることを、私はいくばくかの悲しみとともに感じている。

「条件次第では応じるわ。そう伝えて」
「一応連れて来い、と言われている」
「あら、ずいぶんと寛大なのね?」

 イエス以外の返事なら殺されると思ってたわ。そう言えば、相手が”金の鷹”だからなとジャックがうそぶく。懐かしい───そしてあまりうれしくもない呼び名に顔をしかめると、背後から殺気すら含んだ怒りが立ち上った。

「さっきから黙って聞いてれば…」

 ジャックが眉を潜める。そう言えば後ろに容子がいることをすっかり忘れていた。

「死んでやるだの殺されるだの、医者の前でよくも言えたものだわねェ?」

 目が座っている。怒ってるなあと感心していたら、ぐっと腕を引かれてバランスを崩してしまった。ジャックが剣呑に目を細める。だめだ、と思った瞬間銀色がひらめいた。

「ここはアタシのホームよ。この患者はまだ治療が終わってないの。出直して頂戴」

 自分の獲物を構えようとしたジャックの腕を鈍く光るメスで押しとどめ、容子が冷たく言い放った。ぴんと空気が張り詰める。
 バランスを立て直した私は静かに怒り狂う彼女を呼んだ。

「容子」
「けが人は黙ってて。アタシは今このお馬鹿さんと話してンの」
「おまえが、その女を治療しているのか」
「だとしたらなアに? アタシは今とっても怒ってるのよ。とーってもね」

 医者の誇りを侮らないでほしいわァ。にっこりとうわべだけの笑みを浮かべて容子が言った。プロの殺し屋であるジャックが圧されている。これは一体どう言う状況なんだろう、と私は思わず目を丸くしてしまった。

「…………三日後に来る」

 しばらくためらったのち、ジャックはそれだけ言って去っていった。
 三日後。それがつまり私と、ひいては”彼”の運命の分かれ目ということだ。熟考も躊躇もする必要はない。三日だなんて長すぎるくらいだ。
 答えなんて、話を聞いたそのときから決まっている。

「V・B……アナタ、本気なの?」

 私の話を聞いて、ついでに3時間ばかり説教をかましてくれた容子が気遣わしげに呟いた言葉に、私は聞こえなかった振りで返した。


 世界はエゴイズムでできている。











(たとえば、止められない願い、とどまらない思い。)