自覚する(元)保護者

 つくづく、うちの特務エスパーは自分の限界を軽視しすぎだと思う。家のベッドで昏々と眠るを見て俺はそんなことを考えた。ちょうど延々続くデスクワークに嫌気が差したタイミングでの休暇連絡が入り、これ幸いとそれをダシにしてバベルからさっさと帰ってきたのだが。静まり返った家に首をかしげて彼女の部屋を覗きこめば、ベッドのうえで微動だにしないで死んだようにが眠っていた。蕾見管理官のエナジードレインで昏倒させてもらったのだと皆本から連絡があったのはその直後のことだ。
 今回は珍しく自身から休暇の申請があったらしいが、だいたいの場合オーバーワークの結果ふらふらになっているところを蕾見管理官や担当の研究員に発見されて強制的に休まされることが多い。、ザ・サイレンスの担当についている恐ろしく顔の整った研究員を思い出して若干不愉快な気分になる。不愉快な気分になって────俺は不愉快になった自分に気づいて少しだけ首をかしげた。
 気に食わない原因はわかる。バベルの中でが敬語を使わない唯一の大人が彼だからだ。だが、それが気に食わない理由がよくわからなかった。
『センセイはもっときちんと自分の立ち位置を決めるべきだわ』
『賢木クン、あなたがこのまま結論を出さないのなら、不二子にも考えがあるのよ』
 立ち位置、結論。紫穂ちゃんと管理官から投げつけられたその言葉が、考えるまでもないと放棄していた脳内でぐるぐると反響している。
 を軟禁していた米国の研究所から引きずり出してバベルに連れてきたのは俺だ。もっとも、俺がしたのは大使館を通じて留学を手助けしてくれていたバベルに告げ口したくらいだけど。研究所からの移動が決まって自由になったは、俺を命の恩人か何かみたいに慕って付きまとっていた。はいはいとあしらっているうちに手足もガリガリで発育不良だった子供は日本へ送還され、すぐに俺は自分の研究と能力開発で手いっぱいになった。驚いたのは、日本に戻って再会したときだ。
 針金細工みたいだった子供は適切な生活環境でまるで見覚えのない女子高生になっていた。ぼんやりと面影だけを残した少女に「お久しぶりです」と言われたことにも驚いたし、見上げてくる瞳にはっきりと熱っぽい光を見つけたことにも驚いた。あいにくと恋愛沙汰に事欠かなかった俺は、そう言う感情に気づくのも得意だ。気づいたうえで、見なかったことにした。
 コメリカ時代の勢いのまま保護者を申しつけられた俺は、その肩書を盾にを守備範囲から外した。外したと思っている。妹同然の女に手を出すなんて正気の沙汰じゃない。
 よほど深く眠っているのか寝返り一つしないの髪の毛を少し手にとってくるくるともてあそぶ。めったに切らないし切っても毛先を揃えるだけ、というこいつの髪の毛は、普段あんなに酷使しているのに滑らかだ。
 俺がに対して抱いている感情は、いまいちよくわからない。今まで付き合ってきた女の子たちに向ける感情とも似ているが、濃密すぎて家族愛との区別がつかない。俺ってば博愛主義者だしな。まあ、兵部京介とパンドラのオレンジ頭は別として。
 そうあの二人は論外だ。俺のに余計なちょっかいをかけやがって────

(じゃ、ないだろ、俺)

 はたと思考を停止する。確かには俺の保護下にいるが、別に俺のものではない。そのうちこいつは成人して、俺の保護も必要なくなる。今でも別に必要かと聞かれれば迷うところだけど。
 最近考えているのは紫穂ちゃんや管理官に言われたからってだけじゃなく、自分の中でこう言う衝動を覚えることが増えてきたからだった。独占欲によく似た衝動。が俺の元を離れるのは当たり前のことなのに、なぜかそれに腹が立つ。
 もてあまし気味の思考を脳内でこねまわしていたら、目の前で眠り続けていたが静かにまぶたを持ち上げた。皆本は三日間はガッツリ寝ているはずだと言っていた。首をひねりながら眠気の残る瞳で見上げてくる要の頭をなでる。
「早起きだな。もうちょい寝てろ」
「・・・ずっと、そばにけはいが・・・・・・・・・ど、したんですか」
 寝起きでぼんやりしてるらしいその顔は普段よりずっと素直に見える。何かをこらえるように口の端を噛むことも諦めたように眉尻を下げて笑うこともない。ただ瞳の奥の熱だけをそのままにして、焦点のあわない視線で俺を見る。
「どーもしねえよ。休暇だろ、寝とけって」
「ん・・・うー・・・」
 ぺちりと目を覆った右手を払いのけて目もとをなぞると、半開きだった目を細めて手のひらにすりよってくる。そのままうとうとと目を閉じていったは、最後に一粒だけ涙を流して完全に意識を失った。
 目じりを流れて俺の手に落ちた水滴を見て、こいつの泣き顔を見たのがずいぶん久しぶりだったことに気がついた。しょっちゅう泣くくせに、泣いている瞬間はバベルの誰にも見せようとはしない。もしかしたら、担当の研究員の前くらいでは泣いているのかもしれない。でも、何があろうと俺の前でだけは泣くことをしなかった。どれだけ目を腫らしても、どれだけ涙の痕をつくっても。  やっぱりそれを不愉快だと思った俺は、の頬から離した手を見ながらため息をついた。
 が俺以外に敬語を使わない。不愉快。
 が俺以外に笑う。不愉快。
 が俺以外の前で泣く。不愉快。
 が俺の家以外で生活する。不愉快。
 ここまで条件が揃ってちゃ、もうどうしようもない。

 ────認める。俺はこいつが好きなんだ。



09/12/27

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