※捏造過多

 研究所から持ち出してきた、データの詰まった紙束。が数分前に持ってきたそれを無造作に放り出して、蕾見不二子は深いため息をついた。
「・・・真実なのね?」
「予測についてはあくまで予測であるとしか言えません。ただ、計測されたデータについてはすべて事実です」
 言葉は疑問ではなく断定。確認するような口調にこくりと頷いて、はよどみなく報告する。不二子がそれを聞いてまた深く息をはいた。隣に座っていた桐壺が怪訝そうな顔をして、気づいた不二子はひどく乱雑な動作で机のうえの紙を彼に押し付けた。
 10人がけの円卓が据えられた会議室。その前の方に座った二人と、対峙して立っている。本来彼らの持ち物であるはずの局長室や管理官室は、年若い特務エスパーたちにとって妙に気安い存在になっているため、機密性の高い話はこう言った普通の会議室でなされることが多い。不思議な状況だ、とはぼんやり考えた。苦い顔の不二子に追随するように書類を読み終わったらしい桐壺がひどくうろたえた声でを呼んだ。本当なのかと不二子と同じように確認する桐壺を見返して、彼女はもう一度姿勢を正す。
「事実です。は、そう遠くない間にとしての自己を失います」
 椅子に座っていた二人が息を飲む。事務的な、自分自身さえも己とは無関係だというような口調は、すでに決定したことを吐き出すときのの癖だった。
 A4のプリント用紙には、特務エスパーがバベルに異動してきてから今までの能力値の変化と、それに伴う(と予測されている)細胞の変異についてグラフや写真を交えて記されている。5・6枚の薄い紙束の最後には、感情をそぎ落とした文章で『結論として、自我・ヒトとしての身体の喪失が予測される』とだけ印刷されていた。その少し下には肉筆で担当研究員のサインと捺印、研究所所長の署名がある。正式な文書ではないが、これで信憑性は保証される。
 二人が報告書を読み終わったのを確認して、は深深と頭を下げた。
「データの信頼性を確かめていたせいで報告が遅くなってすみません」
「そんなことはどうでもいいのだヨ! クン、君はそれでいいのか!?」
「すでにリカバリは不可能である、とそちらに記載されている通りです」
「ワシが言っているのはそんなことではない!」
「────
 激高した桐壺を指先で黙らせ、不二子が静かな目でを見た。かみ合った視線に背筋を伸ばしたは、直立不動のまま言葉の続きを待った。
「この予測が現実になるとして、アナタはどうしたいの?」
「・・・・・・希望を述べてもよろしいでしょうか」
「いいわ。言いなさい」
「これまで通りの任務と対応を希望します。そのデータについては、できることならば見なかったことにして、伏せていただければと」
「このままあなたが制限なしに超能力を使い続ければ予測された結果が早まるとしても?」
「構いません」
 きっと、本人は誰にも知られたくはなかったのだろう。断固とした返答を聞いて、とうとう耐えられないと桐壺が立ち上がった。皺の刻まれた顔を蒼白にして、それでも何も言うことができずに立ちつくす。言うべき言葉すら見つからずに少しだけ唇を震わせた桐壺を見て、それまでずっと無表情を保っていたはようやくわずかに微苦笑した。
 許可できないわ、と強いて冷淡な口調で言った不二子の言葉も、彼女には予想できたことだったらしい。特に取り乱すこともなく重ねて腰を折る。
「お願いします。わたしは、最期まで特務エスパーとして生きたいんです」
「ダメよ。あなたには今後レベル4以下の任務しか渡さないわ。・・・・・・それと、担当主任である賢木クンにも報告します」
「不二子さん!」
「ダメよ」
 そこで初めて動揺したをばっさりと切って捨てて不二子は続ける。
「アタシたちには超能力で日本の危機を救うという義務があるけれど、同じようにアナタたちエスパーを保護する義務もあるの。破滅させるとわかっていて酷使することはできないわ」
「わかっています。わかったうえでお願いしてるんです。────不二子さん、桐壺局長、お願いします・・・っ」
「認められん。蕾見管理官の言った通りだ」
「任務については構いません、だから、賢木さんにだけは言わないでください・・・!」
 土下座でもしそうな勢いのを見て、不二子はまたため息をついた。
 長い眠りから目覚めて数年、妹のように娘のように目をかけてきた彼女は、担当主任に自分の不調が知らされることをいっそ病的なまでに恐れている。以前その理由を聞いた不二子に、は長い逡巡ののちに「任務がちゃんとできれば、認めてもらえるから」と言った。
────一人でも生きていけるって、思ってもらえたら、一人の人間として見てもらえたら、わたしはまた歩ける気がするんです。
 途切れ途切れに、自信なさげなその言い方は、普段の彼女とはかけ離れていた。そのときに、不二子はようやく「明朗でやさしい先輩特務エスパー」という評価すらも、自身が意図的に作り上げたものだと気づいたのだ。

 保護されるべきサポートが必要な特務エスパーではなく、たった一人でも状況を解決できる特務エスパーになれば。

 見ていて不思議に思うくらい任務の完遂にこだわるのは、そのたった一つの願いがあるからだった。
 馬鹿な子、と不二子は内心で嘆息する。そして同じように罵る。馬鹿な男、と。も賢木も、お互いの心に住んでいるのが誰なのか、きちんと考えればわかるはずなのに。
「・・・・・・・・・・・・仕方のない子ね」
「不二子さん、」
「管理官!」
 心底安心したような要と、信じられないといった表情の桐壺を順番に見返して、不二子は投げ出された紙を指先で弾いた。
 知られたくないというなら隠してやろうと思うくらいには、不二子は要を愛している。このまま賢木が気づいてない振りをし続けるなら力技でもわからせてやろうと思ってしまうくらいには。
 そんな不二子の思いに気づいているのかいないのか、は泣きそうな顔で笑ってまた頭を下げた。


10/02/04

<<Back