先輩についての見解

 あたしは皆本が好きだ。皆本を傷つけるやつはみんな許せないし、皆本の一番傍にいるのはあたしじゃないとイヤだ。
 でも、その「好き」というのが、姉ちゃんが賢木先生を「好き」なのと同じなのかと言われるとよくわからない。あたしたちよりずっと先輩の彼女が何を考えているのかなんてわからない。どうして好きなのにそれを言わないんだろうって、ずっと不思議だった。賢木先生の言葉一つで喜んだり悲しんだりして、どちらかといえば寂しそうな顔をすることの方が多いのに、言えばいいじゃんといえば何か諦めたような笑顔で首を振る。あたしはその笑顔が嫌いだった。姉ちゃんの笑顔は心配なんて何もないよって安心させてくれる笑顔なのに、曇った顔のまま微笑まれても安心なんてできない。姉ちゃんが幸せならいいのに。あたしはずっと思っていた。
 だから、「なんだかうまくいったみたい」と紫穂が言った時、とてもとても嬉しかった。葵と二人で紫穂に抱きついて、三人で要姉ちゃんの幸せを喜んだ。賢木先生がまた馬鹿なことをして彼女を泣かせるのなら、超度7の力で制裁を加えてやろうと誓い合って。

 そう、姉ちゃんと賢木先生は晴れて恋人同士になったはずだ。賢木先生の診察室でずいぶん伸びた髪の毛を結いあげてもらいながら、あたしは内心首を傾げた。
「・・・つまり、賢木先生はまた知らない女の人といたの?」
「そうだね。多分そうじゃないかな」
 わざわざ知らせてくれた不二子さんも結構おせっかいだね。晩ご飯の献立を考えてるときやあたしたちと遊びにいく計画を立てるときみたいなあっさりした口調で姉ちゃんは言う。少し離れたところで本を呼んでいた葵が信じがたいものを見る顔でこっちを見た。横で紫穂が馬鹿にしたようなため息をついたのが聞こえる。思わずそちらを見ようとしたら頭の後ろで姉ちゃんが「はい動かないのー」とあたしの頭を固定した。首がいたい。
姉ちゃん、それなんで平気なの?」
「んー?」
「あたしだったら、皆本が知らない女の人と歩いてたら絶対許せないよ」
「サイコキネシスでお仕置きしちゃう?」
「しちゃう!」
 笑い声に合わせて少し髪の毛が引っ張られる感覚。気づいた姉ちゃんが「ごめんね」と言ってしゃべるのをやめた。5分くらい静かになったところで頭から手のひらの感触が消える。あたしから離れた姉ちゃんは、葵と紫穂の中間あたりにあった椅子に腰を下して微妙な顔で笑った。
「わたしも任務で賢木さんじゃない人が好きな振りをすることもあるから、お互いさまっちゃお互いさまなんだよね」
「本当に、何も気にしてないの? さんはそれでいいの?」
「気にしてないよ。っていうとすねるから、賢木さんには内緒ね」
「・・・・・・・・・賢木先生をしばきたい」
「葵ちゃんはたまにびっくりするようなこと言うよね・・・」
 なんて言ったらわからない、みたいな顔をして脱力した姉ちゃんに抱きつこうとした瞬間、ドアが開いて賢木先生が戻ってきた。冷ややかな空気でおかえりなさいを言ったあたしたちを苦笑いで見て、そのままの顔で姉ちゃんも賢木先生に「お帰りなさい」と言った。あからさまに戸惑った顔をして賢木先生があたしたちを見る。紫穂と葵がそろって心底あきれた様子で鼻を鳴らした。
「・・・おまえら、何の話してたんだよ?」
「えーと・・・」
「センセイの浮気の話」
「賢木先生をしばきたい」
姉ちゃんに新しい彼氏探せばって言ってた」
「ハア!?」

10/02/05

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