「いつかきっと必要になるから」と言ってあの子は笑った

 一生の内で一度は言っておきたかったので、ここで使っておくことにします。

 あなたがこの手紙を読むとき、わたしはきっともうバベルにはいないのだと思います。

 それが、力が暴走したあげくバベルの誰かに処分されるのか、化け物と化した自分に絶望して自発的に姿を消すのか、この手紙を書いている現時点ではわかりません。ただ、わたしがバベルから姿を消した場合にこれが賢木さんに渡るように朧さんにお願いしました。処分されるのであれば、手を下すのはわたしの可愛い後輩たちや局長たちでなく、賢木さんであることを祈ります。背負わせてしまうことは百も承知です。それでも、わがままですが死ぬならわたしはあなたの銃弾で死にたいと思ったので。あと、わたしがパンドラに身を寄せることは世界が崩壊してもあり得ないので、そこは安心してくれていいです。彼らとはそこそこ仲良くやっていましたが、賢木さんや大切な仲間たちに悪意を向けた集団と手を取り合って志を同じくするなんて、想像しただけで鳥肌が立ちそうです。

 何故いきなりこんな手紙を書いているのかというと、この間の検査で見覚えのある波形がグラフに現れたからです。誤診や、計器類のバグということはありません。検査を受けたのはいつも通りバベル付属の研究所ですし、念のため5回ほど測り直しましたから。賢木さんも知っているでしょう、超能力者の持つ微弱な磁場を示すものとも、精神異常者が持つある特殊な脳波とも違う、ただわたしの力の異常性を示すあの奇妙な波動。わたしの能力が超能力と断定できない理由の一つがそれであることは、あなたも知っていると思います。コメリカの研究所で軟禁されている間じゅう、わたしにとってはその波動だけが自分の存在価値を示すものでしたから。敵だらけの中で、唯一わたしに寄り添って、わたしの意思を汲んでくれたもの。それはわたしの中にある凶暴な衝動を敏感に読み取って、正しくそれを実現していました。あのころのわたしは確かに化け物でした。
 賢木さんと出会って、日本に来て、局長や朧さん、トリくんたちやさしい人たちと接するうちに、それは静かな眠りについたはずでした。なのに、現れたあの波形。今はまだ抑えていられるけど、いつかそう遠くないうちに、わたしは自分を失うと思います。感覚でそれを悟り、検査や会議の結果それが確定的になったとき、わたしは決めました。

 いつかきっと、わたしは賢木さんのために命を捨てよう。

 だから本当は、姿を消すとか処分されるとかではなくて、大切な人のためにこの化け物じみた命を使いたいです。希望通りになるかどうかはわかりませんが。
 この際だから書いておきますが(といっても、この手紙を書いてから渡されるまでにわたしが耐え切れなくなっていたら、この部分はまったくの蛇足なのですが)、8年前に救いあげてもらってから、わたしはずっと賢木さんが好きです。わたしがわたしとして生きるためのすべてを与えてくれて、本当にありがとうございました。ずっとずっと愛してます。幸せになってください。

 あと、ええと、未成年である特務エスパーの後輩たちについて。彼女・彼らの人権と自由を守ってあげてください。バベルを、バベルに付属するすべての研究機関を、けして、わたしが閉じ込められていた米国研究所のようなところにしないでください。バベルの職員はほとんどがノーマルの皆さんで、中に反エスパーの方々が混じりこんでいるのも知っています。皆さんにお願いします。わたしたちは化け物ではないので、それ相応の権利を主張させてください。皆さんの生活を守る義務を、わたしたちは果たしているはずです。化け物と呼ばれて蔑み忌み嫌われるのは、もうわたしで十分です。

 まだ書こうと思っていたことはたくさんあったはずなんですが、忘れちゃったのでやめておきます。ペンのインクも残り少ないし。
 さようなら、賢木さん。コメリカで出会ってから8年間、ありがとうございました。愛しています。できるなら、誰よりも幸せになってください。


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08/12/14

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