はじめましておちびさん

 定期検査の帰り、いつものように皆本にまとわりついて廊下を歩いていたザ・チルドレンの三人は、曲がり角の反対側から歩いてきた男女二人組と鉢合わせして少しだけ瞬きした。
 高校生くらいの、特務エスパーとおぼしき少女と、どうやらバベル付属の研究所に所属しているらしい二十歳過ぎの男。所属が一目で知れたのは、それぞれ少女はリミッターに、男は羽織っていた白衣にバベルのロゴが入っていたからだ。向こうも同じように三人と一人のいでたちから推測したのかと思いきや、薫たちがくっついている皆本を見た瞬間少女の顔がぱっと明るくなった。
「皆本さん! お久しぶりですー」
? いつの間に復帰してたんだ」
「つい二カ月ほど前です。ご挨拶に行けなくてすみません」
「どうせ君のことだからすぐ任務についたんだろう? また倒れても知らないぞ」
「さすがに、自分の限界くらいは把握してますよ」
 ひどく穏やかな様子でくすくすと笑う皆本と目の前の男女を交互に見て、ザ・チルドレンは不愉快そうに顔をゆがめる。小学生といえど、お気に入りが知らない女性と仲良さげに話しているのを笑顔で見ていられるほど鈍感でもない。
 敵意と警戒が目いっぱい込められた視線に気づいて、と呼ばれた彼女はようやく三人に目を向けた。皆本の両側と肩の上、それぞれを見た後に少しだけ迷うように視線をさまよわせ、結局一番高い位置にいた薫に目線を合わせて微笑んだ。
「始めまして、ザ・チルドレン。わたしは。よろしくね」
「・・・・・・・・・明石薫」
「・・・野上葵や」
「三宮紫穂よ」
「ふふ、聞いてたよりずっとかわいいね。仲良くしてくれると嬉しいな」
 毒気のない笑みに完全に拍子抜けした三人が着ている検査服に気づいたが、「あっ」と短く叫んで手を打った。
「もしかして検査帰り? ごめんね疲れてるのに引きとめちゃって」
「いや、別にそれはいいけどさ────」
はん・・・やったっけ? あんたもこれから検査なん?」
「ん、検査ってかメンテナンスってか・・・昨日から頭痛がひどくて」
「頭痛? アスピリンでも飲めばいいじゃないか」
「皆本さん、わたしの我慢レベルを甘く見てますね?」
 わたしの「痛い」は普通の人ならモルヒネ静脈注射でもしなきゃ耐えられないレベルですよ?
 まるで、味噌汁には味噌を入れなきゃいけないんですよ? とでも言うような軽い口調では言う。それを聞いて、横に立っていた男が始めて口を開いた。
 すっと通った鼻筋と長いまつげ、整ったパーツが完璧なバランスで配置された、美術品のような男だった。
「おまえね、そう言うことはさっき言えよ」
「言ったら喜んで脳味噌いじくるような人間しかあそこにはいないでしょーが」
「バカ。誰が開発グループ内で診るっつった。医療グループに回すわ」
「賢木さんに会いに行くついでだからいいの。報告もしなきゃいけないし」
「「「報告?」」」
 三人そろって首を傾げる。横の男に向けていた顔を薫たちに戻して微笑んだを横目で見て、彼はため息をついて皆本に向けて敬礼した。
「失礼ながら自分は戻ります。皆本二尉、をお願いしてもよろしいでしょうか」
「え? あ、ああ」
「トリくん帰っちゃうの? 一緒に行こうよ」
「ヤだよ。なんで進んで針のムシロに座りに行かなきゃいけないんだ」
「そんなの気のせいだと思うけど・・・行かない?」
「行かない。帰る。じゃあまた三日後な」
 言うだけ言ってふらりと去って行った後ろ姿を恨めしげに睨みつけて、はぶつぶつと言葉にならないレベルで何かを呟いている。
 首を傾げっぱなしで二人の会話を聞き流していた紫穂が、首を戻してようやく聞き直した。
「・・・、さん? あの人は?」
「ああ、あの人は鳥島美人。バベル付属研究所でわたしの担当研究員さん」
「ふうん・・・?」
「できれば、紫穂ちゃんたちには知らないでいてほしい世界だなあ」
 が苦笑いで言う。彼女がそう言う理由も、そんな表情をする理由も三人にはわからない。紫穂は握ったままだった皆本の手から何がしかを読み取ろうとしてみたが、それを予測されていたのか皆本自身も詳しいことは教えられていないようだった。
 超度7。小学生。ザ・チルドレンの三人が目隠しをかけられている理由はまだある。ある意味では当然と思いつつも、納得がいかないのも事実だった。
 さて、とが皆本に向き直る。
「そろそろ行きます。入れ違いになっても困りますし」
「・・・こいつらも連れてだけど一緒に行こうか?」
「いえいえ、大丈夫です」
「だけど君たちはすぐに喧嘩するじゃないか」
「・・・・・・・・・あれは賢木さんが悪いと思います」
 一瞬だけ目を逸らした後、気を取り直したように少しだけジャンプしたは、その後の会話を振り切るように駆け足で立ち去って行った。彼女が消えて行った廊下の向こうを見つめながら、「何なん、あの人」と葵が呟く。ゆっくりと歩き出した皆本が少しだけ息を吐いて答えた。
、特務エスパーコードネーム"ザ・サイレンス"。複合変異能力者超度6。お前達の先輩で、賢木の部下だよ」

08/12/02

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