あたしの名前は────────もとい、工藤
 花も恥じらう女子高生だ。

「ねえねえちゃん、ちゃんも行かない? 日曜日に仮面ヤイバーショーがあるんだって!」
「ああ…えっと…」

 訂正。花も恥じらう女子高生、「だった」。
 あたしの身内に特撮オタクはいない。



☆.。.:*.。.:*・゚ ハロー、ビッチ。




 単純な足し算を黒板いっぱい使って説明する教師の声を右から左に聞き流しながら、あたしはノートの端で化学式を組み立てていた。小学生らしからぬ筆跡で、小学生らしくもなく難解な化学式を構築する。模索しながら書き続けているのは、あたしたちの体を作り変えてしまったいまいましい薬の構造式と、それを打ち消すためのものだ。
 アポトキシン4869。
 数カ月前、いかにもという黒服の取引をうっかり目にしてしまったあたしたちが投与された謎の薬。あたしではないもう一人────工藤新一こと江戸川コナンは、ある程度覚悟をもっていたのだろうからいいだろう。あたしはただ巻き込まれただけだった。
 せっかくおさななじみとテーマパークに来ているというのに、相手を放ってどこかへ走っていった兄を追いかけていったら、不幸なことに奴のとばっちりを受けたというわけ。ちなみに、そのときテーマパークにいたのは別に二人のあとをつけたわけではなく、こっちも学校の友達たちと遊びに来ていただけだ。当時、あたしと奴は違う高校に通っていた。そして、工藤新一は戸籍上双子の兄だが血はつながっていない。

「…。オイ、って。聞いてんのか?」
「…あ? 何、今授業中だよ」
「もう終わったぜ」

 呆れ顔でコナンが指した方を見れば、すでに先生は教壇にいなかった。何人かの小学生が小さな背を目いっぱい伸ばして広い黒板を掃除している。
 …あ、あたしも小学生か。

「で、何? 今日は何の事件に首突っ込んだの」
「オマエな……。日曜日だよ。来るだろ?」
「あああ……うーん」
「いかねえのか?」
「ん、…多分。優作お父さんからの頼まれものが終わってない」
「親父の奴、またオマエに頼んだのかよ」

 ここにはいない父親を咎めるような目をした彼をはじめとする工藤一家とあたしの間に、血の繋がりはない。夫妻は新一が中学生だった頃に唐突に転がりこんだあたしを、実の娘のように扱ってくれたし、新一もそれほど違和感なくあたしを受け入れてくれた。おない年なので一応双子ということになるが、あたしの方が妹ということになっているのは、単にジャンケンに負けたからだった。無論、突然現れた女に戸惑っているであろう新一への遠慮もあったが。
 そうして、数年経ってようやく「この世界」にも慣れてきた頃、あたしは本来『工藤新一のみが巻き込まれるはずだった』一連の騒動に捕まったのだ。

「今度はなんだよ?」
「新作の資料。どうしても、一般ルートじゃ手に入れられないんだって」
「一般ルートじゃ手に入らねーようなもんを資料にすんなっての…」
「顔が笑ってますよ、コナン君」
「……」

 むっつりと黙りこんだコナンを笑い含みで見やって、あたしは机の横にかけたランドセルの中へぞんざいに筆箱を放りこんだ。
 今日、ニュースで見た日付が確かなら、今日からちょうど三日後に、警察宛で暗号のような予告状が届くはずだ。黒真珠「ブラックスター」を狙う、怪盗1412号からの。

 名探偵「江戸川コナン」と、「怪盗KID」の、一番最初の出会い。

 端的に言えば、あたしはいわゆる異世界人とか言う奴だった。中3の夏、バイト帰りのあたしはトラックに轢かれ、ブラックアウトした意識が回復したと思ったらそこはまったく知らない場所だった。知らない場所だと思った。「工藤優作」を名乗る男性に拾われるまでは。
 なぜあたしは生きているのか、なぜ選りにもよって「名探偵コナン」の世界にいるのか。そんな疑問はこの際どうでもいい。
 なんであたしがあの推理オタクのとばっちりを受けねばならんのだ。不本意だ。

「…ったく、あたしってば昔から貧乏くじ引いてたからなあ…」
「あ?」
「いやいやこっちの話。じゃあ、歩美ちゃんたちによろしく」
「お、おう……あ、!」
「んあ?」

 適当に筆箱やら本やらを放りこんだランドセルを左肩にかけて教室を出ようとしていたところでコナンに声をかけられた。意外と長いこと話しこんでいたらしく、教室にはもうあたしたち以外誰もいない。

「…おまえ、なんか俺に隠してないか」
「……ふ、それ何回目だよ」
「るっせーなっ、隠しっぱなしのおまえが悪いんだろ!」
「さあーて、心当たりが多すぎるなあ」
「オイ」

 憮然とした面持ちのコナンを笑みで見やる。彼には隠し事が多すぎて、何から話せばいいのかわからない。
 あたしが違う世界の人間だってこと? 情報屋として彼が忌み嫌うようなこともやってるってこと? 例の白い快盗と学校が同じだったこと? そして今もなぜか仲よくしていること? …だめだ、心当たりがありすぎる。すまん。

「じゃ、帰るわ。今度は変なことに首突っ込むなよ」
「そっちこそ!」

 笑って教室を出る。背中でランドセルが揺れた。



 ……いっそ、記憶まで小さくなればよかったのに。






09/07/23
(ちょうめんどくさい設定)