「始めまして、恭弥。あたしはあなたのボスの愛人だった女よ」 にこりと甘やかに一分の隙もなく微笑んで、女は首を傾けた。 警戒も露わに睨みつける男に肩をすくめて、傾けた首を戻す。 つやつやと光を弾く髪が静かに揺れた。 その一連の動きを見て、彼はようやく女が何者なのかを思い出した。 「────ああ、例のスパイか」 「知っていてもらえたのは光栄だわ」 女は静かに目を伏せて、ころりとひとつ涙を落とした。 「・・・・・・殺してもらえなかったのは、残念だけれど」 「へえ、それはまた消極的な自殺だね」 自殺。 そうかもね。とは涙を消す。 「彼と出会って、死んでもいいと思ったの。それでも、彼はやさしいから」 「だから君を殺せなかった、って?」 「彼も、彼のヒットマンも、そして恭弥、あなたも。ボンゴレはみんなマフィアに向いてないわね」 ふん、と馬鹿にしたような勢いでヒバリは鼻を鳴らした。 その仕草は、誰も気づかないけれど、彼が焦がれている殺し屋に酷似していた。 「またえらく馬鹿にしてくれるじゃない」 「馬鹿になんてしてないわ、事実よ」 「君は僕まで騙そうって言うの?」 「いやだ、誤解よ恭弥」 いやだ、といっている割にはひどく楽しげな笑みだった。 「そうね、あなたは人の本質を見抜く術に長けていて、そしてそれを誇りのように行使するのだわ、恭弥」 「どういうこと?」 「それでも、表面を見ないとわからないことというのも、あると思うの」 どこからともなく風が吹いて、二人の髪の毛を散らす。 切りそろえた髪に遮られて、一瞬だけの表情が読めなくなった。 「あなたは、彼の本質しか見ていない。すべてを見ないと、わからないものよ、人って」 「全てが解らなくって、それで何か不都合があるの?」 ぱちくりと瞬いて、女は一層笑みを深くする。 目線の刺をきつくした男に一歩歩み寄り、芝居じみた仕草で両手を広げた。 「そう! あなたはそうだからこそ、あのボンゴレで生きていけるのだわ、恭弥!」 「何を言ってる?」 「あなたみたいな血と暴力にまみれて、それでもやさしいだなんて矛盾した人が、どうしてボンゴレにいるのかずっと不思議だったの」 「あの赤ん坊がいるからね」 そう、それも一因ではあるのだけれど。 は独り言を喋るような口調で、それでも舞台の上にいるように朗々と続ける。 「あなたは彼の本質を見た。そうしてあなたもまた、彼に囚われてしまったのだわ」 「囚われる・・・ね。よく言うじゃない。僕がそんな人間だとでも思ってるの?」 「あら、違うとでも思っているの?」 同じ口調で返して、女は酷く愉しげに笑った。 その瞳は強くつよく光を弾く芯を持っている。 その言葉は強くつよく人を惑わせる狂気をはらんでいる。 「ドン・ボンゴレは恐ろしいゴッドファーザーね。なんて引力なのかしら」 「綱吉がなんで君を殺さなかったのか、不思議で仕方ないよ」 目の前で笑う女は、お世辞にもファミリーにとって有益とは言えなかった。 「あら、不思議でもなんでもないわ。彼はやさしいだけ」 は顔から笑みを消して、きゅうっと瞳を細めた。 「それとも、あなたが殺してくれる?」
(無理だってわかってるわ、だってあなたも優しいもの) |