華武高校野球部マネージャー長、先輩。 俺はこの人が好きだ。先輩として尊敬できるとか何でも言える女友達とかそう言うのじゃなくて、一人の女の人として。部活や学校内以外でも俺は先輩と一緒にいたいし、キスとか、それ以上のこといろいろしたい。基本的に思い立ったら即行動の俺は(そのせいで要らない騒動を引き受けたりもするのだが)、今まででもう10回は先輩に告白をしている。それは定番のラブレターに始まって屋上に呼び出したり、部活中にさらりと言ってみたり、挨拶代わりに言ってみたり。けれども、要先輩はそのすべてを底の見えない笑顔で受け流してしまう。 嫌われているわけではない、と思う。話し掛ければいつでも笑みが返ってくるし、時々感じる灼けつくような視線は気のせいじゃない──────はずだ。向けられる笑顔は好意に満ちているし、跳ね返って来る言葉はいつでもあたたかい。なのに先輩が俺の言葉を受け入れてくれることはないし、部活中唐突に屑桐先輩と何かを話しこんで(異様に顔が近い!!)そのままさっそうと帰っていく。 ひょっとしたら嫌われてるのか? 俺は。 「ミヤー。みーやーなーぎっ」 先輩の声が聞こえる。うとうととまどろみ始めていた頭を無理やり覚醒させて、俺はまだ少し重いまぶたを持ち上げた。 ぼんやりかすむ視界の向こう側、ジャージ姿でスコアボードとバット数本を抱えた先輩が笑っていた。 「寝てないでおいで。部活始まってるよ」 「いや俺昨日寝てなくて・・・・ちょ、っと、あと5分・・・」 「こらこら。無涯がキレるぞー?」 無涯、という一言で、また眠りに落ちようとしていた脳が一気に冷める。不機嫌なまま起き上がって先輩を見れば、気づいているのかどうかもわからないあいまいな笑みのまま先輩が首をかしげた。 屑桐無涯。うちの部活のキャプテンにして最強の投手だ。貧しい家に弱音を吐くこともなくあんなすごい球を放るその人を尊敬している俺は、同時に激しい嫉妬を感じたりもしていた。屑桐先輩は、先輩のおさななじみで、なおかつ唯一彼女から下の名前で呼ばれる男である。おそらく誰よりも先輩の近くにいて、彼女のことを理解している人間。先輩も、屑桐先輩のことは自分のことのようにわかるんだろう。 くそっ。 「・・・・バット、貸してください」 「ん? ああ、平気平気。伊達に3年間マネやってないよ」 「女に重いもん持たせて自分手ぶらなんて出来るわけないでしょ」 「あはは、御柳はジェントルマンだねえ。そりゃモテるわけだ」 「・・・・・・・・いくらモテたって、」 たった一人が手に入らないなら意味がないんスよ。 そう言おうとして、結局やめた。その代わりに「俺は先輩が好きなんです」と世間話のノリで言ったら、「んふ、ありがと」と同じように世間話のノリで返された。 その日の部活後、部室に携帯を忘れた俺は自分の間抜けさを死ぬほど呪いながら部室の扉を開けた。外からではわからなかったけど、奥の机にだけぽつんと電気がつけられていて、その前の椅子を二つつなげて先輩が無防備に眠っている。 「・・・・せんぱい?」 驚きながらその机に放置されていた携帯を手に取って、そのまま何度か名前を呼ぶが先輩はいっこうに目覚めない。まだもっと早い時間ならこのまま諦めて帰ることもできた。でも、もう外は真っ暗だ。さすがにこんな時間に女の人が一人で帰るのは危ないんじゃないか。 「・・先輩。先輩。もう夜ッスよ」 「・・・・・・・・・・・んん、ばから・・・・?」 あ、ヤバイ今の腰にキた。 肩を揺すってまた名前を呼んだら、今度はおぼろげながら意識が覚醒したらしい。眠たげに眼を開けて、ゆっくりとした動作で身を起こす。ところがそこまでしたのに、先輩はまた眠りの中へ落ちようとしていた。 寝起きで焦点のあわない潤んだ瞳に、半開きの唇、朦朧としている(らしい)頭。 気付いたら、俺は先輩にキスをしていた。 もちろん触れるだけの。さすがに寝ている人間相手にそれ以上はできないと思ったのだけど、離れる前に先輩の腕がするりと俺の頭を捕まえる。 「・・・・っ!」 ためらいなく滑りこんできたのはおそらく先輩の舌。驚きのあまり動くこともできなくなった俺を放って、彼女は俺の口内を好き勝手に蹂躙する。片腕を首に回して、空いた手は至極優しい動きで俺の頬に添えられているものだから、驚きが一応の収まった今でも俺は動けないままだった。 角度を変え、歯列をなぞり、せめての抵抗に押し戻そうとした舌は逆に絡めとられて口付けはさらに深くなる。 とっさに、俺は先輩の体を振り払うようにして引き剥がしていた。 「先輩ッ!」 「・・・・・・・・・・みや、みやな、ぎ?」 強引に押しのけたせいで今度こそ完全に覚醒したらしい先輩は、なぜか愕然とした表情で俺を見ている。どうしようもなくなった俺は、逃げるようにして部室を飛び出した。 感じたのは、快楽でもなんでもなく恐怖。 理由もない恐怖に俺はおびえる。 |