「…ユウキくん?」 ずっと言わないと決めていた。 「………、ハルカ」 ───彼がそんな顔をしていたのが、みんな悪い。 終わらないおもい、 レミングは嘆く。 泣きたいのに泣けない、喚き出したいのに喉は音を形づくらない、そういう、悲しいもどかしさでどうにかなってしまいそうな顔を、彼はしていた。もちろんそれはわたしが彼を見て勝手にそう思っただけだし、彼に何があったかなんてわたしが知るはずもない。 ユウキくん、なんでそんな顔するの。 ほとんど恨みごとのようなその思いで、わたしは窒息してしまいそうだった。 どうしてそんな顔するの、ユウキくん。 「…ふられちった」 いつものようなおどけた口調で彼はそれだけ言う。だけどそれは口調だけで、声は今にも死にそうに沈んでいる。何も言えずにただじっと見つめているわたしに気付いて、ユウキくんは少しだけ笑った。ひどく自虐じみた笑いだった。 情けないだろ、そう力なく呟くユウキくんに、相槌を打つだけの力すらない。今にも破裂しそうな体を押さえつけるのに必死なわたしに気付かずに、ユウキくんは独り言のような調子で、 「たかだかふられたぐらいでさ、リーグ優勝もしたのに。オレ、この程度のことでって師匠に笑われるかもしれない、ほんと、笑っちゃうよな」 と言って、笑わなかった。それからうつむいて、すっげー好きなのに、とだけ呟いて。 "なのに"。好き、なのに。 進行形、だった。まだ、彼の恋は終わっていないのだ。あるいは、わたしの恋みたいに咲きかけで踏みつぶされてしまったのかもしれない。 ふられた、と言葉では言っているけれど、きっと告白をして叶わなかった、なんてレベルの失恋じゃなかったんだろう。そういうふられ方だったなら、きっとユウキくんはもっとあっけらかんと笑っている。それで、笑いながらわたしに「慰めてよ」なんて言って、それで、 ───わたしは、そのままユウキくんのいいライバルでいられた。 ユウキくんがわたしより先に旅を始めて、それで、好きな人を見つけた。ユウキくんの背中を追いかけるようにして旅をしていたわたしは、それが誰なのかぼんやりと知っている。だけどそれを言葉にして確かめたことはない。怖かったからだ。 名前をつけることなく、ちょっとずつ、ちょっとずつ大きくなっていた気持ちにとどめを刺されることが怖かったからだ。 「…悪ぃ、ハルカ、面白くないハナシ聞かせた。平気?」 「え、ううん、平気だけど、」 ユウキくんは、平気じゃないよね。その当たり前の言葉をわたしは呑み込んだ。 ようやく絞りだしたわたしの言葉を聞いて、ユウキくんがからからの瞳で遠くを眺める。驚いたことにその表情は彼がわたしに向かって旅に出ると宣言したときのそれとそっくりだった。 もしかしたら、あの時のユウキくんも、何かを断ち切ろうと振り切ろうとしていたのかしら。 そして、彼は今うまく断ち切れているのだろうか。私も断ち切れるだろうか。 「いつまでも、落ち込んでらんねーのになぁ、」 「ユウキくん、」 「なに、ハルカ」 からからの瞳がわたしを見る。その中にもう悲しみはない。彼は断ち切れたのだろう。 ならば、私もとどめを刺してしまうべきなのかもしれない。彼のあの表情を見た瞬間から恐るべき生命力でよみがえり始めたおもいに。 名前を呼んだだけで動きを止めたわたしをユウキくんが怪訝そうにして見ている。 わたしは被虐趣味なんてものは持っていないので、もちろん拒絶されたいから打ち明けるわけではない。だけど、彼だったらきっと。 「わたしのこと、好きになることはできる?」 ユウキくんがまっすぐにわたしを見た。 「───それはできない」 まなうらでまたたく、あの人のやさしい瞳と紫色の髪、空色の飛行服。 (知ってる? レミングはあるときふいに集団で川へ身を投げるんだって。)
(ハルカ→ユウキ→ナギ→ダイゴ→ハルカ。終わらないエンドレスループ) |