One; V・Bが何も見ずに銃の手入れが出来るようになった頃、K.Kは立て続けに入る依頼に忙殺されていた。家に寄るのは一週間に1度あるかないか、それも足りなくなった弾薬の補充に来るだけ。 しかし、V・Bがそれに頓着することはなかった。K.Kが一言呼べば反応を返すが、それ以外だとひたすら銃をいじっている。すすけて古ぼけた黒い塊は、K.Kがまだ駆け出しの頃に使っていたものだ。手順を覚えるといって愛用の道具を物欲しそうな目で見つめてくるV・Bに根負けして、K.K自身が与えたものだった。 その日もK.Kは忙しく、軽い食事をかきこみつつちらりと横目で見た少女は、やはり黙々と銃を分解しては組み立てていた。その合間に時折がちっと引き金が引かれる音がする。銃弾が入っていないせいで空回る音がなんだかおかしかった。 サイレンサーで極限まで押し殺された銃声が響き、血の臭いが立ちこめる。 聞いてないぞ。K.Kは心の中で盛大に舌打ちした。こんなにたくさん、しかも比較的腕の立って忠誠心の厚い護衛が付いてるなんて聞いてない。依頼主の調査不足か、それともあえて言わなかったのか。どちらにせよ後味が悪いことに変わりはない。 (ただの護衛が何で主人の敵討ちなんて始めるんだよ) 物影に隠れて護衛を地道に片づけつつ、K.Kは小声で毒づく。いつものようにあっさりとターゲットを撃ち殺して帰ろうとしたK.Kを待っていたのは、腕の立つ護衛たちの銃弾だった。事前にそう言う指示を受けていたのか、彼らは正確に回りこみ追いかけ、K.Kの命を狙ってきた。 バリケードの一つをかすめて飛んできた銃弾の持ち主を迷いなく一発で片付けて、これで終わりかと振り返った瞬間、黒服。きらりと光った銃口はこちらを向いていた。 (しまった) とっさに銃を構えて引き金を引くが、引き金が妙に軽い。銃倉が空になっていた。慌ててポケットをまさぐり追加の銃弾を探すがどこにもない。 ぐっと奥歯をかみしめて身を低くすると、間髪入れずに足を撃ち抜かれた。耐え切れずに膝をついたK.Kを、黒服は冷たく見下ろしている。殺す気はないようだった。これから拷問にでもかけるつもりなのだろう。 K.Kは拷問に対する訓練など受けていない。せいぜい死ぬ前に全部吐けばいいかとK.Kがすべてを諦めたとき、黒服が静かに銃口を上げた。 (おいおい、嘘だろう) 見開いた瞳と一直線の位置に銃口がある。気のせいか妙に明るい口笛のような音が聞こえた。幻聴なんて、俺もこれまでか。短く息を吐き出した次の瞬間、目の前の黒服がゆっくりとこちらに倒れこんできた。 崩れ落ちた影の向こうに、柔らかな金色。 「………!?」 「銃弾、忘れて行ったでしょう?」 こともなげに言ってのけた少女の右手にはサイレンサーがつけられた小型拳銃。 それはついこの間K.K自身が少女に与えたものだった。 「……何やってんだ……おまえ」 「だから、銃弾忘れて行ったでしょう?」 そう言って持ち上げた左手には銃弾の詰まったバックがぶらさがっていた。 返す言葉もなく茫然とV・Bを見つめるK.Kの足に、倒れこんだ黒服の血が染み込んでいく。黒い服にぼかされて見えなかったが、どうやら心臓を正確に撃ち抜かれたらしい。 「玄関において行ったのを見たの。だから、煙と血の臭いを辿ってきたのだけど」 「…………」 「来たらいけなかった?」 「……いや、」 助かった、という一言だけを飲み込んでK.Kは立ち上がる。撃ち抜かれた足は痛むが、歩けないほどではない。静かに首を傾けて待つV・Bに向かって一歩踏み出しながら、K.Kはため息をつく。 追いついてくるK.Kをゆっくりとした足取りで待ちつつ、V・Bも足を踏み出す。 「サイレンサーなんてくれてやった覚えはないんだがな?」 「そこに落ちていたわ」 「落ちてた?」 「ええ。なんだか巧くはまったからそのままにしていたの」 「効果がわからんもんをむやみに使うな」 「気をつけるわ」 「だいたい、あいつが防弾チョッキでも着てたらどうするつもりだったんだ」 「防弾チョッキ? それはなあに」 「……心臓はガードされてることが多いんだ」 「そう…一番生きてる音がする所だから撃ったのだけど」 「一瞬のミスで死ぬぞ」 「さっきのあなたみたいに?」 「………まーな」 「気をつけるわ」 「狙うなら頭にしておけ」 「頭?」 「一番ガードが緩いうえに確実に致命傷だ」 「あの、一番脆そうな?」 「…そうだ」 「今度からはそうするわ」 「まだおまえには無理だろうな」 「壊すことにためらいはないのに?」 「技術の問題だ。それから筋力」 「基礎トレーニング?」 「ああ」 「わかったわ」 「あと、片手で銃を持つな」 「左手がふさがっていたもの」 「焦点がずれるんだよ。こう、両手で………」 硝煙と土埃と血の臭いが充満したフロアを、男と少女は歩いていく。 それは、"金の鷹"が裏世界に現れる5年前の話だ。 .......Zero, (あいさつの代わりに銃口を、ねえ師匠?) |